東京高等裁判所 昭和56年(ネ)2374号 判決 1982年5月11日
一審原告(第二三七四号控訴人、第二四一六号被控訴人)
山田博
一審原告(同)
山田さと子
右両名訴訟代理人
弘中惇一郎
一審被告(第二三七四号被控訴人、第二四一六号控訴人)
京浜急行電鉄
株式会社
右代表者
飯田道雄
右訴訟代理人
花岡隆治
向井孝次
沢田訓秀
右当事者間の損害賠償請求控訴事件について、当裁判所は次のとおり判決する(昭和五七年一月二八日口頭弁論終結)。
主文
一審原告らの控訴に基き原判決を次のとおりに変更する。
一審被告は一審原告らに対し、それぞれ金八九八万五〇〇〇円及びこれに対する昭和五四年一月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払をせよ。
一審原告らのその余の請求を棄却する。
一審被告の控訴を棄却する。
訴訟費用は、一、二審を通じこれを二分し、その一を一審原告らの負担とし、その余を一審被告の負担とする。
この判決の主文第二項は、原判決認容額を超える分についても仮に執行することができる。
事実
一審原告ら代理人は、第二三七四号事件につき「原判決を次のとおりに変更する。一審被告は一審原告らに対し、それぞれ金一八九三万五〇〇〇円及びこれに対する昭和五四年一月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は一、二審とも一審被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言、第二四一六号事件につき控訴棄却の判決を求め、一審被告代理人は、第二三七四号事件につき控訴棄却の判決、第二四一六号事件につき「原判決中一審被告敗訴部分を取消す。一審原告らの請求を棄却する。訴訟費用は一、二審とも一審原告らの負担とする。」との判決を求めた。
当事者双方の主張及び証拠関係は、次に付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
(一審被告の主張)
一 晃人の逸失利益につき満一八歳になるまでの養育費分を差引くべきである。
二 一審原告らの慰藉料は、死亡者が一家の支柱たる者とは趣を異にするので各四〇〇万円をもつて相当とする。
理由
一請求原因1(事故の発生、但し、衝突部位を除く。)の事実及び一審被告が加害車を所有し、これを運行の用に供していたものであることは、当事者間に争いがないから、一審被告は自賠法三条により、本件事故によつて生じた損害を賠償すべき義務がある。
二1 晃人の逸失利益と相続
晃人が本件事故・死亡当時六才の男子であつたことは、当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一三号証の二〇によれば、晃人は当時小学校一年であつたことが認められる。晃人の健康等に特段の事情の認められない本件では、その逸失利益の額は、本件事故後一一年後の昭和六五年(高校卒業の年)から六七才まで四九年間稼働し、その間毎年男子労働者の平均的収入(最新の資料である昭和五五年賃金センサスによる男子全労働者・産業計・企業規模計・学歴計の表による各年齢層の平均給与額=年間賞与その他の特別給与額を含む=年額三四〇万八八〇〇円)を挙げ、その五割相当の生活費を支出するものとして、ライプニッツ方式により民事法定利率(年五分)の中間利息を控除して、事故時の現価を算出すると、一八一〇万円(万円未満切捨て)となる。
一審原告らは、逸失利益の算定につき将来の年五分程度の物価・賃金の上昇を考慮しないときは、中間利息の控除もすべきでないと主張するが、この点は後記2の前段に説示する。
一審被告は、逸失利益算定につき養育費を控除すべき旨主張するが、以上の方法による算定の場合、これを控除するのは相当でない。
一審原告らは晃人の父母であることが当事者間に争いがないので、それぞれ、前記逸失利益の二分の一に当る金九〇五万円ずつを相続したものというべきである。
2 慰藉料
わが国において戦後かなり大幅な物価及び一般労働者の賃金上昇をみたことは公知の事実であり、弁論の全趣旨により成立を認める甲第九号証、第一〇号証の二、第一一号証は、現経済体制の下では、今後も長期的にインフレーション(物価上昇)傾向が継続することが明らかであつて、その年率は予測し難い点もあるが、過去二〇年間を超える経済動向に照らし、当面毎年の年率に上下はあつても、平均年率四分を下らないものと推論する。賃金については、今後名目額はともかく、一般労働者の平均実質賃金額において顕著な上昇があると認めるに足りる証拠はない(昭和五五年以降実質平均賃金額の上昇がないことは公知の事実である。)。
ところで、将来の得べかりし金員につき現在一時に支払を受けるべき額を算定する場合、特段の事情のない限り、民事決定利率年五分の中間利息を控除した金員を先払させれば、前後等価値とみることができる。このことが民法四〇四条、四一九条の法意に相副うものであり、顕著な物価変動のない場合は、債権者において予め受領する金員を郵便貯金・銀行預金など元利の支払保証のある運用により将来年五分程度の利息を付加した金員を得ることも確実視することができ、右利息は複利計算によるのが経済の実情に合致する。しかし、年率四分の物価上昇がある場合は年九分程度の利回運用が期待されない限り、現在の金員がこれに対する年五分の利息を付加した将来の金員と等価値といえない。
しかるに、過去二〇年の預貯金金利の実態をみるに、郵便貯金(定額貯金)の最高金利は、昭和五三年四月以降の約一年間を除き年五分をかなり上回り、年八分となつた時期もすくなくないことが郵便貯金法、同施行令などの法規上明らかであり、銀行預金(定期預金)の最高金利も概ね同率であり、政府保証債の金利がこれを稍上回ること、これら金利は既して物価上昇率に対して変動していることは、公知の事実である。
そして、一審原告らの受けるべき損害賠償金がその生活維持の必要に直結すると認められない本件にあつては、一審原告らは支払を受けた金員をある程度有利な方法を選択して運用し、その名目価額を増加させることも不可能といえないから、一審原告らに年八分あるいは将来の物価上昇率を年四分上回る年率による運用を期待して差支えない。
本件においては、2冒頭記載の甲号各証の推論のなされた時期に鑑み、本件事故のあつた昭和五四年から一〇年間(但し、昭和五五年末までの物価・賃金の上昇は、前記1において平均賃金の基準年次を同年とすることにより考慮済であるから、以下の算定に際してはその余の八年間をみることとなる。)につき、物価上昇平均年率四分とみることができるが、それ以降の物価上昇を予測考慮することは右証拠に照らし相当でない。そこで、晃人の逸失利益の計算としては、昭和五六年以降八年間に限つて中間利息控除を複利年四分に止める方法もあながち排斥し難いところであり、この方式により試算すれば、右逸失利益の額は一九五四万円(万円未満切捨て)となり、1の逸失利益の額に比し一四四万円の増加となる。
晃人と一審原告らとの関係、死亡時の年齢、本件事故等の事情のほか、前段の事実を綜合すれば、一審原告らの慰藉料は各金六七〇万円を相当とする。
3 填補
一審原告らが本件事故につき金一五一三万一三〇〇円の支払を受けたことは当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば、内金一三〇〇円は本訴請求外の文書料であることが認められるので、一審原告らの本訴請求にかかる損害は一五一三万円(一審原告ら各七五六万五〇〇〇円ずつ)填補されたものというべきである。
4 弁護士費用
一審原告らが本件訴訟の提起追行を弁護士たる本件訴訟代理人に委任したことは記録上明らかであつて、同弁護士に対し相当額の着手金及び報酬を支払いあるいはその支払を約しているものと推認すべきところ、本件訴訟の難易、認容額等に照らし、右金員のうち本件事故発生日の現価に引戻して一六〇万円(一審原告ら各八〇万円)を本件事故と相当因果関係のある損害とみるのを相当とする。
5 以上によれば、一審原告らの填補されるべき損害額は、前記の1、2及び4の合計額から3を差引いた一審原告ら各八九八万五〇〇〇円である。
三一審被告の過失相殺の抗弁は採用しない。その理由は次に訂正付加するほか、原判決理由四に説示されたとおりであるから、これを引用する。
原判決一〇枚目裏一〇行目「そのまま」を「右手を挙げなから」に、一一枚目表初行「二メートル」を「2.6メートル」にそれぞれ改め、二行目「転倒して」の次に「左前輪泥除付近に接触し」を、三行目末尾に「(右横断歩道はその頃小学生の通行量が多い。加害車先端か右横断歩道にさしかかつた時には、晃人は既に右横断歩道上をかなり進んでいた。)」をそれぞれ加え、裏三行目「主因」から九行目までを「原因であり、一方、信号が変つて晃人が横断をはじめた時には加害車はなお交差点の手前にあり、その横断開始を難するのは相当でないから、過失相殺の抗弁は採用しない。」に改める。
四以上のとおり、一審原告らの本訴請求は、それぞれ金八九八万五〇〇〇円及びこれに対する本件事故発生の日の昭和五四年一月二三日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却すべきところ、一審原告らの控訴に基き、原判決を右趣旨にしたがい主文第二、三項のとおり変更し、一審被告の控訴は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九二条、九三条、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(倉田卓次 高山晨 大島崇志)